ドイツ語"kommen"の名詞形は何故"Kunft"なのか?

2022/01/26

ドイツ語

t f B! P L

ハロー。Yumaです。

皆様、今日も楽しんで語学してますか?

突然ですが、ドイツ語を勉強していて以前から気になっていたことがありました。

今回はその点について分かった事と私なりに推測した事を紹介したいと思います。


ドイツ語における動詞の名詞化

何が気になっていたかというと、動詞の名詞化に関する内容です。

ドイツ語には動詞や形容詞といった品詞を名詞に変えて用いる「名詞化」という用法があります。

ドイツ語で"Substantivierung"もしくは"Nominalisierung"、"Hauptwortbildung"と呼ばれる用法です。

名詞化の方法は以下のようにいくつかパターンがあります。

1.元の形をそのまま使用

  例)essen「食べる」→ das Essen「食事」

2.名詞を表す接尾辞を付ける

  例)fehlen「欠ける」→der Fehler「誤り」※語尾に-erをつける。

    frei「自由な」→die Freiheit「自由」※語尾に-heitをつける。

動詞(または形容詞)を名詞化して使うことは、ドイツ語の日常的な表現でもよく見かけるので名詞の形も押さえておくことは重要だと思います。

ここまで「名詞化」について確認したところで次のパターンをご覧下さい。

  例)ankommen「到着する」→die Ankuft「到着」


"kommen"の名詞形"Kunft"とは?

私が以前から気になっていたのは、"ankommen"の名詞形"Ankunft"です。

上で取り上げたパターンに対して"ankommen"と"Ankunft"の関係は不規則に見えます。

辞書で引けば、一般的に動詞"kommen"に対する名詞化に"das Kommen"が見つかります。1つ目のパターン("das Essen"の例)と同じですね。

ところが、"ankommen"のように前つづり("an-")がついた動詞は、名詞化の結果"das Ankommen"()とはなりません。

他に、前つづり"+kommen"の場合を以下に示します。

 ・herkommen「由来する」→die Herkunft「由来」

 ・niederkommen「誕生する」→die Niederkunft「誕生」

 ・zusammenkommen「集まる」→die Zusammenkunft「集まり」など

ただしbekommen「得る」の名詞形"das Bekommen"のように、必ずしも-kunftという形では無い場合があることもまた事実です。

ドイツ語版wiktionaryでは、このKunftに関して以下のように解説されています。

Obwohl die Kunft im heutigen Sprachgebrauch so gut wie verschwunden ist, ist sie noch in Zusammensetzungen wie Ankunft, Einkunft, Herkunft, Unterkunft, Zukunft, Zusammenkunft und so weiter lebendig.

対訳:今日ではdie Kunftという形はほとんど使用されていませんが、Ankunft「到着」やEinkunft「収入」、Herkunft「由来」、Unterkunft「宿泊施設」、Zukunft「将来」、Zusammenkunft「集まり」等の複合語で残っています。

(出典:wiktionary.de)

どうやら以前には"kommen"単体の名詞形"die Kunft"も存在していたようです。


"Kunft"のルーツとは?

ドイツ語の語彙が網羅されたサイトDWDSにて、"Kunft"の語源を調べてみました。

(selbständiges Substantiv bis ins 19. Jh.), ahd. kumft (8. Jh.), kunft (9. Jh.), mhd. kumft, kunft ‘Ankunft, das Kommen, Eintreffen, Zukunft, das Zukünftige’ neben mnd. kumpst, kumst, komst, mnl. comst, nl. komst sind Abstrakta mit sti-Suffix

対訳:(19世紀までは独立した名詞)、古高ドイツ語kumft8世紀)、kunft9世紀)、中高ドイツ語kumftkunft「到着、来ること、到来、将来」、中低ドイツ語kumpstkumstkomst、中期オランダ語comst、オランダ語komst、これらは接尾辞stiがついた抽象名詞

(出典:DWDS etymologisches Wörterbuch

いろいろな時代や地域によって様々な形が見られますが、要するに動詞"kommen"に抽象名詞を作る接尾辞"-sti"がついた形が由来と言えそうです。

調べた限り、接尾辞stiを伴う名詞化は以下の単語が見つかりました。

 例)dienen「仕える」→ der Dienst「勤務」

   frieren「凍る」→ der Frost「霜」

   verlieren「失う」→ der Verlust「紛失」

では"kunft"においては接尾辞"-sti"が一部地域では"-ft"になっているのは何故でしょうか。DWDSには以下の通り解説されています。

wobei im Hd. -s- in -f- übergeht mit nachfolgendem Wandel von m zu n;

対訳:高地ドイツ語では-s--f-に変化しその後-m--n-に変化した、

(出典:DWDS etymologisches Wörterbuch

時代を経る中で"kumstkumftkunft"という形になったようです。


何故"S"から"F"へ変化したか?

どうして子音"S"が"F"に変化したのか?

これは私の推測になりますが、恐らくどちらも同じ摩擦音であることが関係しているのではないでしょうか。

この内"S"「ス」は舌先と歯茎の隙間で起こる摩擦音で、"F"「フ」は下唇と上の歯の隙間で起こる摩擦音です(試しに発音してみてください)。


第二次子音推移で"S"から"F"へ変化?

ドイツ語は歴史の中で二回の子音推移を経験しています。

子音推移とは名前の通り子音に関する発音の変化のことですが、第二次子音推移は現代ドイツ語の祖先とされる高地ドイツ語でのみ起こりました。

第二次子音推移の結果、"f" や"t" といった変化が起こっていますが、高地ドイツ語に対して低地ドイツ語では変化しませんでした。

そして低地ドイツ語が先祖とされるのが現代英語やオランダ語などです。

それぞれの言語で単語を比べてみると違いが分かります。

 例)英語、オランダ語"open":ドイツ語"offen"「開いた」

   英語"day"、オランダ語"dag":ドイツ語"Tag"「日」

こうした変化の一つが摩擦音"S"から"F"にも一部で起こったのではないでしょうか。

ちなみに、ドイツ語"Ankunft"に相当するオランダ語は"Aankomst"であり同じ接尾辞を持ちながらその形は"-st"が保たれていることが分かります。


最後に

いかがでしたでしょうか。今回はドイツ語"kommen"の名詞形"Kunft"について考えてみました。

一見すると子音Fが突如現れたようですが、ルーツを辿ってみると接尾辞の一部が変化した形だったのですね。

実のところ第二次子音推移で"S"が"F"に変化した事例は調べた限り見つかっていませんので、"kumst"から"kunft"へ変化した明確な背景は分からずじまいですが、それでも現代オランダ語と比べるとやはり子音推移の影響では無いかと思います。

まだまだ奥が深そうなので、引き続き調べていきたいと思います。

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プロフィール

Yuma
様々なヨーロッパの言語を独学し、日々の学習で得た発見や個人的に興味深い語学ネタを発信しています。外国語学習に疲れたとき、息抜きに読んでもらえれば幸いです。

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