ハロー。Yumaです。
皆様、今日も楽しんで語学してますか?
日本は世界的に見ても名字のバリエーションが比較的多いそうですが、その由来も地形や職業、方角など様々なルーツがあります。
今回はそんな名字について、とりわけチェコにおける名字の由来を調べてみました。
1.Mucha [ムハ]
19世紀末~20世紀初頭にヨーロッパで発展したアール・ヌーヴォー(新しい芸術)を代表する芸術家に"Alfons Mucha"「アルフォンス・ムハ」がいます。
彼はフランス・パリで一躍有名となったことからフランス語風に"Mucha"「ミュシャ」としても知られますが、出身はチェコであり母国語の発音は「ムハ」のようになります。
実は、この"Mucha"は一般名詞としては「ハエ」を意味する古い時代のチェコ語です。
現代チェコ語では少し語形が変化し、"moucha" [モウハ]が「ハエ」という意味で用いられます。
チェコ語には二重母音(複数母音を1つの母音のように1音節で発音する)は"au, eu, ou"の3種類のみであり、そもそも固有のチェコ語であまり見かけない印象があるのですが、その内の1つ"ou"がこの"moucha"において使われています。
2.Trnka [トルンカ]
チェコからは多数のアニメーション作品とその製作者が輩出されています。
とりわけ人形アニメの作成者としてチェコのアニメ界を代表する人物が"Jiří
Trnka"「イジー・トルンカ」です。
彼の名字、"Trnka"は「リンボク」という植物の1種を意味する一般名詞です。
"Trnka"という単語は、"trn"「とげ」と言う単語に"-ka"という指小辞がついて成り立っているので、「小さなとげ」というのが原義だと思われます。
実際に、リンボクは細かく鋭いとげのある葉っぱが特徴だそうです(参照:ja.wikipedia.org/wiki/リンボク_(現生植物))
ところで、"trn"「とげ」という単語は子音3文字のみの構成で母音が含まれていません。
チェコ語をはじめとしたスラヴ諸語は、こうした子音連続や子音のみの単語が特徴的です。
この場合、"trn"の中の子音"r"が母音のように機能しています。
3.Němcová [ニェムツォヴァー]
チェコ語はその表記にラテン文字アルファベットを用いるという点で、英語やフランス語など他の多くの言語と同様です。
ただし母音や子音の上に記号を伴う文字も多く、結果としてチェコ語で用いられるアルファベットは全部で42文字になるそうです。
19世紀、当時オーストリア帝国出身の小説家"Božena Němcová" [ボジェナ・ニェムツォヴァー]は、その姓名に記号のついた文字が3つ見つかります。
子音"z"や母音"e"の上にある「 ˇ 」という記号はチェコ語でハーチェクと呼ばれています。
ハーチェク付きの"ž"は「ジェ」、同じく"ě"は「イェ」のような音になります。
他に「´」(チェコ語ではチャールカ)は母音について、対象を長母音にします。
ということで"Božena
Němcová"という名前は上のようにカナ表記ができるのですが、彼女の名字は「ドイツ人」を意味する"Němec"が由来と思われます。
彼女が生まれた当時のオーストリア帝国はドイツ語が用いられていたことと関係しているのかもしれません。
ちなみに「彼女」という代名詞を用いている通り"Božena
Němcová"さんは女性です。
彼女の夫は"Josef Němec" [ヨセフ・ニェメツ]さんで、チェコでは女性の場合、名字の末尾に"-ová"という接尾辞をつけます。
4.Škoda [シュコダ]
欧州の自動車産業はドイツが有名かもしれませんが、チェコ国内における自動車のシェア1位は"Škoda Auto"[シュコダ・アウト]というメーカーです。
同社は日本での事業展開をしていないため見掛けることはまず無いですが、チェコを訪問したい際には鳥のようなロゴを有した"Škoda"の車はどこでも簡単に見つかりました。
この社名でもありブランド名でもある"Škoda"は、"Emil
Škoda" [エミル・シュコダ]というエンジニアであり実業家の名前に由来します(参照:en.wikipedia.org/wiki/Emil_Škoda)。
ところで、彼の名字"Škoda"には一般名詞で「害、損害」という意味があります。
名字や自動車ブランドにするにはあまりに不名誉な感じです。
5.Smetana [スメタナ]
チェコは著名な音楽家も多数輩出しています。
とりわけ"Bedřich
Smetana" [ベドジフ・スメタナ]は交響曲「モルダウ(チェコ語では"Vltava" [ヴルタヴァ])」の作曲者として、音楽の授業で聞いたことがある人も多いと思います。
彼の名字、"Smetana"は一般名詞だと「クリーム」という意味があります。
余談ですが、この一般名詞の方の"smetana"はドイツ語に"Schmetten" [シュメッテン]という形で借用され、一部地域ではやはり「クリーム」という意味の名詞になりました。
ドイツ語で「蝶」を"Schmetterling" [シュメッタリング]と言いますが、"Schmetten"と関連しており、「魔女が蝶に変身して、クリームなどの乳製品を盗みにくる」という古い迷信に基づいるのだそうです。
6.Dvořák [ドヴォジャーク]
チェコを代表する作曲家としてもう1人有名な人物と言えば"Antonín
Dvořák" [アントニーン・ドヴォジャーク]です。
交響曲第9番「新世界より」は一度は聞いたことがある曲ではないでしょうか。
ところで彼の名字"Dvořák"には、子音"r"にハーチェクのついた"ř"という文字があります(すでに紹介した"Jiři Trnka"や"Bedřich Smetana"の名前にもありました)。
この"ř"という文字はチェコ語の他に上ソルブ語(ドイツ中西部の一部地域で話される言語)でのみ用いられているという、なかなかレアな文字です。
ウィキペディアによると「上よりの歯茎ふるえ音、歯茎ふるえ摩擦音」を表すとのことですが、ラ行とジャ行の音を同時に発音するような音なのだそうです(参照:ja.wikipedia.org/wiki/Ř)。何ともややこしそうな子音です。
そのため相当するカナ表記は難しく、彼の名字は「ドヴォジャーク」だったり「ドヴォザーク / ドヴォルザーク / ドヴォルジャーク」のように揺れが見られます。
話が文字の方によってしまいましたが、"Dvořák"という名字は"dvůr"「中庭」に"-ák"という行為者を表す接尾辞がついて成り立っており、「庭師」のような意味が原義ではないかと思われます。
7.Nedvěd [ネドヴィェト]
多数のサッカー強豪国がひしめく欧州において、チェコ代表(男子サッカー)のFIFA世界ランクは32位だそうです(2022年8月25日時点)。
ワールドカップの本大会には2006年のドイツ大会において1度出場しています。
その時の代表メンバーの1人が、"Pavel
Nedvěd" [パヴェル・ネドヴェト]です。
選手としては2009年に現役を引退していますが、それまでのキャリアはチェコを代表するクラブ「ACスパルタ・プラハ」やイタリアの競合「SSラツィオ」、「ユヴェントスFC」での活躍でも知られました。
彼の名字"Nedvěd"は、一般名詞で「熊」を意味する"medvěd" [メドヴェト]の方言形だそうです。
「熊」という屈強そうなイメージはスポーツ選手にぴったりかもしれませんね。
ところで、"medvěd"「熊」は他のスラヴ諸語(ロシア語やセルビア語など)でも似たような語形なのですが共通のルーツから派生した単語です。
その語源は興味深く、"médu"「蜂蜜」+ "ēdis"「食べる」、つまり「蜂蜜を食べるもの」から成り立っているそうです。
蜂蜜が好きな熊と言えば、あのアニメーションのキャラクタが思い浮かびます。
これは昔の人々の"taboo
avoidance"「タブーの回避」という直接の名指しを避ける考えから来ており、その点で英語"bear"も原義は「茶色いもの」という婉曲表現が由来で同様の例なのだそうです(参照:en.wiktionary.org/wiki/Reconstruction:Proto-Slavic/medvědь)
8.Navrátilová [ナヴラーチローヴァー]
チェコのスポーツは先述のサッカーの他、アイスホッケーが非常に人気がある他、テニスにおいても著名なプレーヤーが複数います。
中でも"Martina
Navrátilová" [マルチナ・ナヴラーチロヴァー]は、テニスの4大国際大会の1つウィンブルドン選手権における史上最多優勝記録など数々の記録を樹立したプレーヤーです。
名字に"-ová"という接尾辞が付いている通り、"Navrátil" [ナヴラーチル]という名字の女性形です。
この"Navrátil"は、一般動詞不定形"navrátit" [ナヴラーチト]の過去分詞形"navrátil"に由来すると思われます。
動詞"navrátit"は通常"se"「自身を」という再帰代名詞を伴い、「戻ってくる」という意味を表します。
その過去分詞形ということなので「戻ってきた」という意味になり、名字としては「戻ってきた人」さんという何とも背景の気になる名字です。
最後に
いかがでしたでしょうか。今回はチェコの名字について調べてみました。
その名字が生まれた背景までは不明なものの、一般名詞や動詞で「ハエ」や「クリーム」さらには「戻ってきた」などを意味する単語が名字として使われているというのは何とも興味深いですね。
チェコ語に限らず名字はもちろん固有名詞の範疇ですが、その単語を辞書等で調べてみると意外にも一般名詞だったということがあるかもしれません。
今後も興味深い発見があれば当ブログで紹介していきたいと思います。